視野狭い戯言ブログ ~1974年に生まれて・・・

いろいろな戯言、おじさん同志よ立ち上がれ

懐かしいものといったらテレビゲームだろう。欲しかった思い出。

今週のお題「懐かしいもの」

 

自分にとって、テレビゲームというのは夢のような存在だった。

 

おもちゃ屋さんで、ファミコンを映すTVモニターにいつも釘付けだ。

 

でも、うちは貧乏だから買うことはできないって、いつも親父やおふくろに言われていた。

 

「あぁ、うちは貧乏なんだ・・・知らなかった」

 

ゲームやりたい、友達とゲームの話がしたい。でも持ってないからできない。

 

親父になんかいもおねだりする

 

「ゲーム買ってよ、ファミコンが欲しいんだよ。友達みんな持ってるよ」

 

「うちは、貧乏だからそんな金はない。生きるのに精いっぱいなんだ、お父さんこんなに働いているのにぜんぜんお金がないんだ」

 

「そっか・・こんなに働いているのに、泥とかいっぱいついてるし、ケガもしてるし、それでも金は貯まらないんだ。うちは、生きてくだけで精いっぱいなんだ」

昭和の貧しくて、何もない家族の絵

いつしか、そうやって自分を納得させて、ゲームいいなと思い、自分で方眼紙(升目)に正方形を塗りつぶしながらマリオとか描いていた。

 

Aボタンでジャンプ、Bボタンでダッシュ。自分でコントローラーを描いて、ボタンを4つに増やした。

「Cボタンでパンチ、Dボタンでキック」だ。

 

ボタンがいっぱいあれば、いろいろな操作ができるぞ、すごい!

 

俺は、コントローラーにボタンを10個ぐらいつけて、それぞれ、アクションを割り振った。

 

パンチ、キック、だけじゃなく、寝る、挨拶する、ご飯を食べる、起きる。とかだ。

 

想像は楽しく、授業も聞いていなかった。

 

みんなからぼーっとしてるとからかわれた。

 

それでも、空想は楽しかった。なんせ、ゲーム買ってもらえないほど貧乏だからな。

 

考えるのは自由だ。お金もかからない。

 

そうやって過ごしたある日、家にゲーム機が来た。

 

ついに来たのか・・・!

 

兄貴が欲しがったので、長男を溺愛している両親はすぐに買ったそうだ・・・

 

すごく複雑だった・・・俺の願いじゃダメなん??

 

とにかく、ゲームだ!目を輝かせてみると。

 

ファミリーコンピュータ独特のベージュとエビ茶色っぽいうカラーリングでない。

 

SEGA SG1000

「・・・???」

 

SEGA??なにそれ??」

 

兄貴が言う

「俺はサファリハンディングがやりたいんだ」

 

どうやら、そのゲームがこの機械だけらしい。

 

ゲームをしている画面を見たが、どうもしっくりこない。

 

 

「・・・つまんなそう、ドットが荒いし、なんでこんなのがやりたいのかわからん・・」

 

今思えば彼は幼少期から変人だった。

 

値段はファミコンとほとんど変わらないそう。

 

なぜ?どうみてもファミコンのほうが性能よさそうに見えるんだけど?

 

音とかグラフィックとか・・・

 

「お前がやりたがっていたベースボールゲームも買ってあるよ!」

 

「まじ!やりたい!ちょーうれしい」

 

画面を見ると・・・・

 

 

チャンピオンベースボール SEGA

チャンピオンベースボール

なんこれ?これ野球?? 

 

俺はてっきり、下の画面のようなものが欲しかった。

 

ベースボール ファミコン

・・・とにかく、そうして俺は念願(?)のゲーム機を手に入れた。

問題は、テレビが白黒テレビだったことだ・・・

 

白黒テレビ

俺の家にあった白黒テレビ

無理やり電気屋さん呼んで、つけてもらったけど、2-3か月後に映らなくなった。

 

「おとうさん、映らないよ!直してよ!、早く、早く!」

 

・・・・・

 

「ねぇ!!」

 

「・・・うるせえ!!」

 

突然ゲーム機はけり倒されて、テレビは庭に向かって、ぶん投げられた。

 

AIで作った当時の想像図


それからゲーム機はあるが、デバイスがないため、ゲームはしばらくできなかった。

 

もちろん、クラスの子とはファミコンを持ってないため、ゲームの貸し借りもなかった

 

し、話もなかった。

 

ドラクエとか、ファイナルファンタジーとかなにそれ?おいしいの?

 

って思いながら、俺はずっこけ三人組というシリーズ本を図書室で借りてずっと

 

読んでた。

 

ついたあだ名は「ズッコケ本の虫」

 

なんで虫なんだよ?「くそ」とか思いながら、ファミコンを遠い目で眺めていた。

 

ファミコンを遠くで眺める俺(AI)